誰も「情報集約サイト」を作らない理由
このような情報を誰かが集めれば良いのですが、誰も集めようとはしません?それはどうしてでしょうか?話は単純で、情報サイトを作ってもほとんど儲からないからです。金にならない事は、もちろん誰もやろうとはしません。情報を集約してもお金にならない理由は、情報が分散する事によってお金も分散してしまうからです。情報は集まらなければ、情報を見る側にとっても不都合です。
Googleは情報を機械的に集めて並べるという会社だったのですが、情報を機械的に集めても、情報が生成されていないという問題と、情報の表示をいかに表示するかという問題の2通りの問題が出てきました。先ず、情報生成されていないという点については、Adsenseで報酬が得られるという事で「情報を作る動機」を持たせました。そして、情報が生成されないという点については、まだ解決策が得られていません。
社会で必要だけど提供されない情報
私たちは、学校で学習する事について熱心に勉強を行います。しかし、それ以外の事についての情報は熱心に集めようとはしません。それは、非常に大切な情報であったとしてもです。例えば、美女と付き合う方法に興味がありますか?と言えば、多くの男性はYESと答える事でしょう。つまり、これは男性にとって本能的なとても大事な事で、得るべき情報である事がわかります。
問題は「得たい情報が瞬時に得られるか」
あなたが「美女と付き合う方法」を探していたとして、コンテンツ製作者はそれに一発で答える回答を提示しなくてはいけません。How「どのように」というものには、必ず単純な「Answer」を用意しなければいけないのです。例えば、美女と付き合う方法を考えている人がいたとすれば、その男性の年齢は?好みのタイプは?などと考えると、その人に合わせた美女を「Answer」する事がいかに困難な作業であるか分かります。そう、問題は「あなたにとって重要な情報が見つかるか」なのです。
GyaoはUsenグループが開発して、2009年9月にYahooグループ(保有51%)に譲渡される事になったサービスです。Gyaoはネットのブロードバンド時代を想定した非常に先駆的な取り組みでしたが、Youtubeなどの動画に負けてしまいました。この原因は、コンテンツ産業でも非常に参考になるような気がするので、簡単に分析してみたいと思います。
Youtubeの「大量、低品質」
Youtubeは実は「コンテンツファーム」を動画版にしたようなサービスです。基本的には、審査のようなものが無いので、どんな下らない動画だろうがアップロードする事が可能です。権利などを侵害していなければ、ずっと削除される事もありません。この方法で非常に多くのユーザーがアップロードを行いました。その中で面白い動画というのが取り上げられて、話題となってYoutubeは世界中に爆発的に広がりました。
Gyaoは「少量、中~低品質」
Gyaoの動画は無料で閲覧出来るのですが、動画に最新作などは無くて、ほとんど古い作品が中心となっていました。詰まらない映画というものは、見るのは時間の無駄と感じる人が多いです。無料であっても、詰まらない映画を見たいと思う人は居ないでしょう。しかし、評判の良い動画というのは、権利の問題などが高く付くのは見えています。
多くの人が見るものが「良い動画」
サービスを提供する側からすれば、作り手が誰であれ「多くの人が見る動画」というのが良い動画です。逆に言えば、多くの人が見ない映画というのは、コンテンツにどれだけ時間をかけたとしても、それによってマネタライズ出来ないのです。事業を継続していく為には、マネタライズが絶対に必要になってきます。更に多くの人にアプローチするにはどのような行動を行えば良いのでしょうか?
美人投票と似ている
美人の定義というのは、非常に様々あって、どのような人が美人だと言い切る事は出来ません。ある程度の範囲に入っていれば、多くの人が美人だと言う事でしょう。その中で「美人コンテスト」で1位になるのは、投票で大衆が「良い」と思った人になります。もしかすると、プロの目線とは違った人が選ばれるかもしれませんが、とにかく大衆が「良い」という人が美人コンテンストで1位になります。ただし、男性が美人コンテストに出られないように低品質であったり、ジャンルが違うものが量産される事はマイナスです。
ジャーナリストは生活に不要な記事が多い
ジャーナリストがイランやイラクの問題を書いたり、ある企業の内部の問題を書いたりするが、それは多くの人にとって「まあ、面白い情報」ではあっても、生活に必要な情報ではありません。生活に必要な情報とは、今の自分にとって「役立つ情報」というもので、実際にこういった情報の需要というものは非常に強いのだと思います。明日の生活をどう良くしようかと思っている人たちに対して、ジャーナリストが提供する記事というのは適していないのかもしれません。
良い記事を作ったらリンクして貰えるか?
例えば、素晴らしいアイディアが詰まった本を出版社に持ち込んで、出版社が売れるかどうか判断するとします。ある人が見れば素晴らしい本かもしれませんが、商業ベースで見た場合には、数多く売れるかどうかだけが出版するかどうかの判断材料になります。数多く売れなければ、そもそも出版する意味すらないと考えるのが出版社でしょう。サイトとて良い記事を載せた事=大衆がリンクしてくれるとは全く別の問題になります。
どうお金を得るか?は、どう人々の生活と関わるか?
最終的に記事というものは、読者にとってどのように役立つかという事に落とし込む必要があります。これは「記事のおとしどころ」と言っても良いのだと思います。例えば、観光地の情報などを提供した場合には、読者がその観光地に具体的にアプローチする所まで教えられれば、記事としては成功です。それをいかに短時間で教えられるかというのが勝負になってきます。
ユーザーの期待値とカテゴリ
ユーザが期待する情報であれば、例えば「恋愛」というカテゴリであったとしても、(1)まだ女性と付き合った事がない(2)既に女性と付き合っているがこの先にどのような付き合いをすれば良いか悩み中(3)既に結婚して2人の生活(4)既に結婚して子供もいる。この4つの項目のいずれにせよ「恋愛」というカテゴリは必要になりますが、ターゲットはかなり異なってきます。ターゲットの設定を混乱すると、やみくもにユーザーが読みたくないと思う記事を量産する事になります。ここでトップページの「振り分け」であったり、もともとサイトのユーザーが「誰」なのかを考える必要が出てきます。
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