社会主義の経済が失敗した理由として、良く言われているのが「労働者が働いても賃金が上昇しない」という事があげられたりします。畑は「みんなの所有物」なので、個人の努力が給与に反映されず、生活が豊かにならないのです。
休みがない事を疑問に思わなくなる
会社は、会社に対するコミットメントを評価して、給与に会社に対する貢献度を上乗せして給与を支払います。しかし、実際に「土日が休み」、「GWしか休みなし」という状況では、別の所で費用を支払う事になります。例えば、土日にしか休暇が取れなければ、土日はホテルの価格が高いという事になります。また、給与が一定もしくは下落の中で、企業にコミットを求められるのは、どうしても無理がでてきてしまいます。
プライベートにおけるコミットメント圧力
働く時間が長くなればなるほど、社会というものは自分が所属する企業を通じてみる事になります。その欠点としては、別の情報に対して極めて鈍感になってしまうという事があげられます。例えば、iPodが流行すれば、それを便利だと言ってすぐ使いたくなったりという「流行に乗る行為」であったり、自分に必要のない消費を行ったり、もしくは広告を過度に信じたりという事で、プライベートの時間が「別の事業者によって支配される」という傾向を生み出しかねません。
初期参入者と後から参入する人
株式というのは、最初に買っている人が最も儲かります。皆が買うようになってから買った人も、ある程度の利益は出せるかもしれませんが、大きな利益を出す事はできません。この事が意味するのは、業績が伸びない企業に後から参加するというのは、その企業の株を高値で買ってしまうのと同じような現象が発生するのです。労働を頑張ったところで、先に参入した人にその労働利益を搾取されてしまう構造が発生します。
日本のように経済成長がとまってしまうと、業績が伸びる企業というのはとても少ないので、ほとんどの後から会社に参入する若者は、美味しい部分を味わう事ができません。それならば、業績が伸びるベンチャー企業などを志す若者が多いのは理解できますが、株式と同じで「破綻するリスク」もまた安定企業よりも大きいと言えます。
休みがない事を疑問に思わなくなる
今、会社の中で働いてるサラリーマンを見ていると、土日は休日だし、夏休み、冬休みの休暇も与えられていますし、福利厚生もある程度の充実が見られます。それでも、とても「自由に休みが取れる」ようには見えません。給与を少し多めにあげるから、「お前はこの仕事を毎日できる限り仕上げていればいい」と言われて、そういうのに何年か慣れると、休みがない事を何の疑問にも思わなくなるんですね。虫かごの中に入った虫は、虫かごの中しか知らなくてもいいという状況になります。
年間労働時間の減少
OECDの発表によると、世界の先進国における労働時間は減少の一途をたどっており、とても「休みがない」とまでは言い切れない状況になっています。プライベートな時間はある程度の範囲で確保されていると考えても良くなっていて、この結果は上記で書いてある「休みがない事を疑問に思わなくなる」と完全に矛盾しています。
それでは、1人あたりの年間労働時間が減少したのに、どうして少子化が加速するような働き方になってしまうのでしょうか?ここには、何かトリックがはたらいているとしか思えません。そこには「労働の質」が関わっていると考えられます。工場で働く単純労働者や店舗で働くバイトのように時給制で働いていれば、時給そのままに休みが増えれば、幸福度は増加するはずです。しかし、実際にはこの層が中国などの安い労働力と競り合うので、同じ給与を貰おうと思うと、休みなしに働く事になるでしょう。しかも、休みを取れば「給与収入ゼロ」という状況になります。
会社の正社員が残業を否定したら、すぐに首になってしまうでしょう。日本では、残念ながらサービス残業もあります。感情労働(Emotional Labour)という言葉もあるぐらいですから、プライベートな時間も仕事を最優先にするという考え方が浸透して、そうでなければ会社に居ることはできません。本来ならば、10万円の給与分しか働かない新卒社員に20万円支払っているのは、この感情労働を求めている部分と考える事もできます。
会社は会社の利益最大化を狙うので、そもそも「会社に貢献する」という意識がない個人を会社に置く必要はありません。ただし、会社に貢献する意識が強すぎると、例えば「他の人に迷惑がかかるから」という理由で休むことを渋ったり、サービス残業を行うなど、個人の幸福の最大化と逆方向に向かう可能性があります。また、会社に貢献が強ければ強いほど、その会社に居られなくなった時のリスクも考えられます。
年間労働時間の減少
OECDの発表によると、世界の先進国における労働時間は減少の一途をたどっており、とても「休みがない」とまでは言い切れない状況になっています。プライベートな時間はある程度の範囲で確保されていると考えても良くなっていて、この結果は上記で書いてある「休みがない事を疑問に思わなくなる」と完全に矛盾しています。
それでは、1人あたりの年間労働時間が減少したのに、どうして少子化が加速するような働き方になってしまうのでしょうか?ここには、何かトリックがはたらいているとしか思えません。そこには「労働の質」が関わっていると考えられます。工場で働く単純労働者や店舗で働くバイトのように時給制で働いていれば、時給そのままに休みが増えれば、幸福度は増加するはずです。しかし、実際にはこの層が中国などの安い労働力と競り合うので、同じ給与を貰おうと思うと、休みなしに働く事になるでしょう。しかも、休みを取れば「給与収入ゼロ」という状況になります。
会社の正社員が残業を否定したら、すぐに首になってしまうでしょう。日本では、残念ながらサービス残業もあります。感情労働(Emotional Labour)という言葉もあるぐらいですから、プライベートな時間も仕事を最優先にするという考え方が浸透して、そうでなければ会社に居ることはできません。本来ならば、10万円の給与分しか働かない新卒社員に20万円支払っているのは、この感情労働を求めている部分と考える事もできます。
会社は会社の利益最大化を狙うので、そもそも「会社に貢献する」という意識がない個人を会社に置く必要はありません。ただし、会社に貢献する意識が強すぎると、例えば「他の人に迷惑がかかるから」という理由で休むことを渋ったり、サービス残業を行うなど、個人の幸福の最大化と逆方向に向かう可能性があります。また、会社に貢献が強ければ強いほど、その会社に居られなくなった時のリスクも考えられます。
会社は、会社に対するコミットメントを評価して、給与に会社に対する貢献度を上乗せして給与を支払います。しかし、実際に「土日が休み」、「GWしか休みなし」という状況では、別の所で費用を支払う事になります。例えば、土日にしか休暇が取れなければ、土日はホテルの価格が高いという事になります。また、給与が一定もしくは下落の中で、企業にコミットを求められるのは、どうしても無理がでてきてしまいます。
プライベートにおけるコミットメント圧力
働く時間が長くなればなるほど、社会というものは自分が所属する企業を通じてみる事になります。その欠点としては、別の情報に対して極めて鈍感になってしまうという事があげられます。例えば、iPodが流行すれば、それを便利だと言ってすぐ使いたくなったりという「流行に乗る行為」であったり、自分に必要のない消費を行ったり、もしくは広告を過度に信じたりという事で、プライベートの時間が「別の事業者によって支配される」という傾向を生み出しかねません。
初期参入者と後から参入する人
株式というのは、最初に買っている人が最も儲かります。皆が買うようになってから買った人も、ある程度の利益は出せるかもしれませんが、大きな利益を出す事はできません。この事が意味するのは、業績が伸びない企業に後から参加するというのは、その企業の株を高値で買ってしまうのと同じような現象が発生するのです。労働を頑張ったところで、先に参入した人にその労働利益を搾取されてしまう構造が発生します。
日本のように経済成長がとまってしまうと、業績が伸びる企業というのはとても少ないので、ほとんどの後から会社に参入する若者は、美味しい部分を味わう事ができません。それならば、業績が伸びるベンチャー企業などを志す若者が多いのは理解できますが、株式と同じで「破綻するリスク」もまた安定企業よりも大きいと言えます。
最近のコメント