マネジメント研究の最近のブログ記事

テレビ東京のカンブリア宮殿でソフトバンク代表の孫さんが高校生に対して言っていた言葉が非常に印象的でした。「現実をみて、でも仕方ないじゃないと言って、給料を貰う生活を続けていたら、あっという間に人生は終わりますよ。そうは言っても、現実を踏まえて、と言っている人に限って現実の世界から逃れられないんですよ」と言ってました。自分の志が高いのだったら、給料なんて貰える生活をとっとと辞めて、早く事業でもやった方がよっぽどデカイ事を出来ますよという事ですね。多くの人は、こんな孫さんの言う事を納得しながら「でもやっぱり明日の飯を食べないと」などと言いながら、ダラダラと目標の無い人生(その目標が事業とは限らないんですけどね・・・・)を過ごすんですね。人生は、目標を超える事は出来ないのですから、志は高い方がいいですね。

あと1つ、孫さんが言っていた内容で良かったのは、現在の日本の教育は暗記7割、発想3割だけど、これを逆転させるべきという事でした。日本が発展途上国だった時には、暗記10割でアメリカの真似でもしていれば良かったかもしれませんが、これからはどんどん「新しいものを作る」事をしていかなければいけません。生み出すことは、暗記重視ではなくて、思考重視で新しいものをどんどん作って、それを基準化していく作業だと考えています。
一応、中国株でいこう!というブログなので、中国の動きを入れながらブログを書かないとと思っているのですけど、いつも関係ない事を書いてしまいます。今日も、サラリーマン小作農について書きたいと思います。前の記事と重複する部分もありますが、気にせず書き進めたいと思います。自分の考えを知ったかぶりして書いているだけなので、人に受け入れて貰えなくても関係ないです。この日記の結論としては、「資本主義の中でサラリーマンを続ければ大半が貧しくなりますよ」という事です。書いている内容を読み返すと、ちょっと暴走気味ですね。

日本に限らず、基本的にはホワイトカラーと言えば、どこかの職場で働いて収入を得るという事になります。職場という場所が収入を得る場所として認識されて、人々は仕事の"場"を通じて労働供給を行って、それに対する報酬を得て、それを家庭において消費活動として支出します。この考え方に基づく基本的な収入は企業に依存する事になるので、人々は企業に労働資本を集中的に投下して、より多くの報酬を得ようという事になります。企業の求めるような労働を供給して、報酬を最大化した上で、家計は消費に専念します。

中国などの発展途上国を見ていると、多くの学生が海外に留学して、海外のものを学んで、それでホワイトカラーになっていきます。これって実際には、かなりの労働過剰のような気がするんですけど、中国の経済成長はそのホワイトカラーになるべく人たちを吸収できるぐらい経済成長しているんでしょうか。中国の場合には、大学生の卒業者が年間600万人に達していて、日本の10倍にもなりました。大学生を出て就職したからと言って、実際に働いて貰える収入と言うのが3000元(5万円)程度というのが普通です。働き方は過酷で、ホワイトカラーとは名ばかりの体を使った肉体労働の様相を呈しています。

学歴というのは、日本ではあまり重視されていません。諸外国では、国も企業も最低限の就職機会などに基準を設けるようになってきており、それが大卒などであったと思います。その最低限の就職機会を経ていれば、農民の小作農よりも収入の高いホワイトカラーになる事が出来ました。農民を継続しているよりは、企業に就職してホワイトカラーとして働くという事が収入を簡単に増やすという良い方法だった訳ですね。ただ、これが崩れて、次の段階で何をやればお金になるかというのがまだ見えてきていません。

プルシェンコ日本で唯一のフィギアスケートのアイスショーであるプリンスアイスワールドに行ってきました。目的は、もちろんロシアのプルシェンコ選手です。プルシェンコ選手の滑りを近くで見れる機会など、もしかしたら一生無いかもしれないので、非常にラッキーでした。彼は、ショーの最後から1つ手前で出てきましたが、会場が最高の盛り上がりで、彼の人気を裏付けていました。最後に出てきた荒川静香が可愛そうになるほどに人気のプルシェンコでした。(右側の写真はヒロポン撮影)

彼の演技の凄さと言ったら涙が出るほどに凄いんですね。今年のプリンスアイスワールドは、彼を呼んだ事が一番の成果だったと思います。オリンピック金メダリストの荒川静香は素晴らしいですが、プルシェンコの素晴らしさはその「表現力」にあります。彼がフィギアスケートの「表現を変えた」と言っても過言ではないでしょう。伊藤みどりの時代は、ジャンプの高さなどが得点の中心になっていました。それをプルシェンコは「表現のスケート」に変えたんです。

彼が日本に来て「プリンスアイスワールド」に参加したのも、そういったフィギアスケートの表現を日本の皆に見せたいというの思いがあったのでしょう(当然ながら円高でがっぽり稼げるというのもあるでしょうけど、それだけじゃないと思うな)。オリンピック荒川静香選手にせよ、観客がほとんど帰る時になっても出てきてファンサービスをしていました。フィギアスケートのファンを少しでも増やしていきたいというプリンスアイスワールドの思いが伝わってきました。

荒川静香選手やプルシェンコ選手などの演技は本当に素晴らしかったですし、プリンスアイスワールドの劇団員30人ほどの芸術も素晴らしいものがありました。プルシェンコさんや荒川静香さんが収益の半分ぐらい取らざる得ない所を考えると、彼らの給料はとても高いとは思えません。それでもフィギアスケートに関わって、それを何とか支えていきたいというプライドの高さと情熱を感じました。これからも、もっとフィギアスケートの世界を盛り上げていって欲しいです。

サッカーのワールドカップを見ても、完全にスポーツがビジネスの道具になりつつあります。ただし、やっているスポーツ選手からすれば、お金にならない事を長く続けるのは困難です。これからフィギアスケートも、芸術としてビジネスになってどんどん盛り上がっていってくれたらと思います。将来的には、私もそんなスポーツを支えるビジネスも展開出来たらいいなと思ったのでした。

参考までに:プルシェンコ「ニジンスキーに捧ぐ」2004

ある日本の大手家電メーカーの社員さんと話をする機会があった。いろいろ話をする中で、現在の大手企業はかなりの部分を海外売り上げにしているので、国内市場が赤字になっても海外市場で補えるし、国内市場が黒字でも海外市場の赤字が出れば全体としてマイナスという事を丁寧に言っていました。簡単に言えば、大手の家電メーカーにとってみれば、海外市場の重要性がますます高まっているとう事だと思います。当たり前のような事ですが、それが今後の日本企業の運命を左右するという事ですね。

そこで、日本企業がどこで勝負すれば良いかと言えば、質で勝負するしかないという事です。サムソンなどは、日本のメーカーほど質は良くないですが、世界で異常な強さを見せて売り上げを倍増させています。日本のメーカーは、海外メーカーにも対抗しづらくなってきているという事ですね。iPodの技術にせよ、日本メーカーであれば簡単に作れるものだったけど、実現したのはAppleでした。これは本当に良く言われている事ですけど、日本のように一致団結した国家では、大和のような大艦巨砲主義に陥りやすいのかもしれないですね。

大きいものが良いというのは、現実的にそうだと思うのですが、大きければ大きいほどにスピードを素早く決断するのが難しくなります。Appleのように強烈なトップダウンを行う場合は決断が早いですが、日本企業は決断を苦手とする場合が多いです。いかに質が良くても、マーケティングなどで素早く商品を市場に浸透させなければ、物が売れないという事もあります。なるほど、1つの商品を出した瞬間に市場に知れ渡るようなやり方は、どのようにすれば実現するかを考えさせられますね。TVのようなメディアなのでしょうか、新聞なのでしょうか、それともインターネットでしょうか。

航空機が大量にあって制空権を握れれば、どんなに乗組員を抱えた巨大戦艦であってもすぐに沈んでしまうという太平洋戦争末期の例を参考にすれば、より柔軟な戦略から企業体質を考える事もグローバルなビジネスにおいては重要なんだろうなと思いました。

数年前に日本のいじめの問題が良く報道されていました。私が小学校だった時にも、そして中学校だった時にもいじめはありました。そして私も人と違う容姿という事でいじめられた事があります。そして意識せずにいじめに加わってしまった可能性がある事もあります。日本人は、学校で教えている先生方を含めて「異なるものを排除しよう」という気が満々です。先生方が「いじめはやめましょう」と言っておきながら、小学校でも中学校でも、彼ら先生方がいじめや生徒の差別を堂々と行っている姿を私は見てきました。生徒をいじめるなと言っている先生方がいじめに加担している事実をどうすれば良いのでしょうね。

日本人は超中学校において皆がこんな腐った単一教育を受けてきています。それは会社に入った時に「組織になじむように」という事で訓練されて、日本経済がそれでうまく言っていると言えば、実際にそうなのかもしれないと思わなくもないです。そして、伝統があると有名な宝塚音楽学校(劇団)に入っても、まるで小中学生のようにいじめが発生しているのだそうです。宝塚音楽学校でも腐った学校側がいじめに加担するという事件が発生しました。

集団主義の腐った宝塚音楽学校(および劇団)を象徴する事件として、あえてこのブログでも取り上げたいと思います。

日本は和の国だからか分からないけれども、治安は非常に良い方だと思うし、何よりも道端で出会う人にも変な人が少ないと思います。女性が夜間の道を歩いてもほとんど何も起きないのは日本ぐらいのものだと思います。OECDが出している国際犯罪被害者調査は、加害者ではなくて被害者の方で統計化しているという事で、国における犯罪率や治安の状況を知る上では比較的信頼の置けるデーターとして用いられる事があります。このデーターによると日本はさすがに治安が良いですね。意外なのは若者の失業率が20%にもなるスペインの治安が日本と同様に良いという事です。

犯罪被害の割合が多い国としてあがられているのは、英国、ニュージーランド、アイスランド、アイルランドなどです。観光客には犯罪大国として認識が高いようなフランスであったり、イタリアなどが下位に来ている所は意外であり、本当にこんなデーターが信用できるのか?!と言いたくもなります。このデーターを信用したとすれば、私たちが犯罪の被害にあい易いと思っている国と実際に被害に遭遇する場所とは違っているのかもしれません。

このOECDのデーターでは、Victimisation by type of crime and fear of crimeというテーブルも公開されていて、夜暗くなってから通りが安全でないと思われる国(Feeling unsafe or very unsafe on the street after dark)でギリシャが最悪の42%を付けています。しかし、実際に日本も35%という数字になっており、国民が怖がっている感覚と犯罪被害の間に乖離があるという事も分かります。アイスランドなんて6%しか「怖い」と思っていないのに犯罪被害にあっていますしね。

見れば見るほど良く分からない統計に思えてきたので、今日はこの辺で・・・。

Victimisation rates
Source;OECD Factbook2009 Victimisation rates

質の追求と利益

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日本のテレビでは、宮崎駿作品がシリーズで放送されていて、今週は「紅の豚」が放送されています。紅の豚は、第二次世界大戦前後のイタリアアドリア海を舞台にした物語です。この作品を見て、私もアドリア海に行ってみたいと思いました。主人公の豚であるポルコの飛行船を作るのが女性であるなど、男性が戦場に行って女性の社会進出したという姿など、当時の歴史的背景も取り入れながら質の高い作品が実現されています。世界遺産になっているドゥブロヴニク(クロアチア)が参考になっているという事で、一度は行ってみたい場所です。飛行機などの戦争兵器を好んで描く宮崎駿は、この作品が描かれた当時には、描きたい作品を描いていたように思います。

しかし・・・・ハウルの動く城の当たりから宮崎作品がより「会社の社員を養う」という方向に転換されていると思います。ハウルの動く城の時にはハリーポッターが流行していて、魔法をテーマに設定した上で発想は後からペタペタ貼り付けるようにしたような作品になってしまいました。だからハウルの動く城は、ストーリーに無理があり、よくわからない作品に仕上がってしまったと個人的には思っています。そして、崖の上のポニョでは、更に無理がかかってしまった事は言わずとも知れた事です。

決断するということ

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将棋で有名な羽生さんは、テレビの番組の中で「今の情報化社会では知識や計算は簡単に手に入り、出来るものである。だからもうそれらに大きな意味は無くて、これからの人間にとって大切なのは、決断すること」と言っていた。僕がこの言葉が分かるのは、飛行機のチケットを確保する時だ。いつも国際線にばかり乗るので、1ヶ月ぐらい前にチケットを確保しないと価格が上がってしまう。しかし、1ヶ月前だと日程の計画がなかなか立てられないものだ。

会社の内部に居れば、会社が計画を立ててくれるのでそれを優先していればいいので非常に楽なのだが、会社から出ると自分で計画を立てて動く必要が出てくるので大変だと思う。ああだこうだと言っても、国際線の確保は最低でも20日ぐらい前には行ってしまわないといけない。国内線と違って、当日新幹線を使って何とか移動すると言う事も国際線だと出来ない。ある程度の予測が付かない中で席だけを確保して、それに合わせて日程を組んでいかなければいけないので、非常に不安定な状況になります。

将棋の世界でもそうなのだろうと思うけど、こうした決断の1つ1つが後から大きく影響してくるという事があり得ます。チケットを予約してから「やっぱり遅らせれば良かった」という事になっても、チケットの日程を変更するのは至難の業です。その為には、事前に変更可能なチケットかどうかを確認するなどの手法を取っておく必要がありそうです。いずれにせよ、数ヶ月の計画を自分で組んで進めていくのは何とも大変な事ですね。予算の事も良く考えながら行動していかないといけないですし。

中国は個人主義と言われている。それに対比するならば、日本は集団主義なのだろうと思う。日本の会社などでは、空気を読む事などが重視されていたりして、他人との価値観が違う事を許容される雰囲気ではない。本来はいろいろな価値観を持っている人が集まっているはずなのだが、多くの人がそれを出さないように「隠して」いるうちに、少しずつ個性を失って周辺の考え方に染まっていくという事なのだと思う。

日本が能力に関わらず、何故か新卒採用にこだわり続けて、会社の中で何とか育成をかけようとするのは、その表れだと思う。つまり、日本の会社の側からすると、初期投資で会社の価値観に染め上げて、会社の言う通りに動く人材を育成していくという事だろう。日本が経済成長しているうちはそれで良かったのだろうけど、今の時代に会社に身を預けたら太平洋戦争末期の日本軍のように司令官と一緒に玉砕なんていう事になったら大変だ。今の日本人は情報もあってそんなに馬鹿じゃないのだから、死にたいなら自分ひとりで死んでくれというのが本音だろうと思う。

 


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