個人主義化した中国と集団主義の日本

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中国は個人主義と言われている。それに対比するならば、日本は集団主義なのだろうと思う。日本の会社などでは、空気を読む事などが重視されていたりして、他人との価値観が違う事を許容される雰囲気ではない。本来はいろいろな価値観を持っている人が集まっているはずなのだが、多くの人がそれを出さないように「隠して」いるうちに、少しずつ個性を失って周辺の考え方に染まっていくという事なのだと思う。

日本が能力に関わらず、何故か新卒採用にこだわり続けて、会社の中で何とか育成をかけようとするのは、その表れだと思う。つまり、日本の会社の側からすると、初期投資で会社の価値観に染め上げて、会社の言う通りに動く人材を育成していくという事だろう。日本が経済成長しているうちはそれで良かったのだろうけど、今の時代に会社に身を預けたら太平洋戦争末期の日本軍のように司令官と一緒に玉砕なんていう事になったら大変だ。今の日本人は情報もあってそんなに馬鹿じゃないのだから、死にたいなら自分ひとりで死んでくれというのが本音だろうと思う。

 

日本の会社は、1つの価値観で全体がまとまっている事が良い事と今でも信じられているので、それは嫌だと思うならば、日本の会社には居られまい。外国にでも逃れて、価値観が合う会社を見つけるか、自分で会社を起業するかすべきだろうと思う。それが出来ないのであれば、他人の価値観に染まった所で言い訳も出来ないという事だろうか。

富士通の野副州旦前社長は、プレジデントという雑誌(2009年6月)で「サラリーマンというのは、必ず上司がいる。その上司が『お前、こうやれ』と命じたとき、『いや、そう言われても、ちょっとできそうもありません』と言えば、済むのか。いや、所詮は、やらされる。どうせやらされるなら、『はい、わかりました』とひとこと言って、その後で考え、悩めばいい」という事を述べていた。

彼の言う事に偽りは無くて、彼は上司から密室で社長を辞めてくれと言われて、その場で1時間ほど議論しただけで「はい、分かりました」と言って、社長をすぐに退いた。富士通もたまには海外経験が20年と豊富で良い人材が社長になるものだと見ていたら、すぐに辞任させられてしまった。会社の外部とのビジネスであれば、辞める前に弁護士を呼んだであろう。

不思議に思うのは、海外の企業がどうして違った民族であったり、文化などを乗り越えて一緒に頑張っていけるかという事だ。それは単純で、全員の価値観が異なっている事が分かれば、別に価値観が異なる事は何もおかしい事では無いからだ。個人的なやり方は問われなくて、結果だけが出せればそれでいいというである。その代わりに、日本のようにサポートも無いので、自分でやり方を考えなくてはならないので、学歴や自分での勉強も必要になる。


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このページは、中国株ファンが2010年3月17日 08:42に書いたブログ記事です。

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