トヨタの豊田章男社長が米国の公聴会で証言を行いました。英語はゆっくりで聞き取りやすいように言っていますが、1980年から1984年頃までアメリカでMBAを取って、その後に投資銀行で働いたという経歴から見ると、やや情けない英語に聞こえたのは私だけでは無かったでしょう。これだけ大企業の社長なのだから、流暢な英語ぐらい話せるようならどんなに説得力があったろうと思わずには居られません。
豊田章男氏は、トヨタの実質的な創業者である故豊田喜一郎氏の孫です。2005年に社長に就任した渡辺捷昭社長の後を次いで2009年6月に社長に就任しました。創業家の人物が社長になるのは豊田達郎氏以来、約14年ぶりでした。トヨタは、2000年から2008年で生産量は60%も増加しており、米国市場を中心とした業績は絶好調でした。
1995年に社長に就任した奥田碩(ひろし)相談役の時には、強力な"カイゼン"を打ち出していたにも関わらず、トヨタはそれほど大きな問題を出していませんでした。この頃までかなり保守的であったトヨタの風潮は、プリウスの販売やF1参戦など、新しい事を始めています。強いリーダーシップを発揮する一方で、労働者に残業を強いて管理を強めるなどの問題も発生していました。
この路線は、1998年から社長に就任した張富士夫氏に引き継がれました。2000年から強力な原価低減活動を行って、僅か3年間で主要部品のコストを約30%ほど削減したとされています。このような無理な経費削減は、2004年にはリコール問題へと発展しました。2005年6月には渡辺捷昭氏に社長が引き継がれました。この渡辺捷昭氏の時にトヨタは2007年に史上最高益を達成しますが、2008年は金融危機の影響でトヨタ損益開示以来初の赤字になり、社長を辞めて副会長へ昇格となりました。
このようなトヨタが問題の時期に担ぎ出されたのが、創業家出身の豊田章男氏であり、ある意味では歴代社長の「ケツを拭かされた」というべきでしょう。豊田社長は2009年3月末時点でトヨタ株を457万4000株保有しているが、これはわずか0.13%にすぎず、創業家全体でも僅か2%ほどの株式しか保有していません。今回のトヨタの問題は、豊田章男氏が社長に就任する前に既にあったと考えるべきでしょう。
リスクをいとわない経営スタイルというのは、自分の会社を心から愛する創業家にはなかなか出来るものではありません。一歩間違えばたちまち経営危機に陥るからです。しかし、創業者以外の人であれば、業績を優先して何でも出来ちゃうんですね。経済が良い状況では、経営者が誰であれ、経営を拡大すれば業績を拡大出来ます。しかし、いったん経済が悪くなれば、この拡大路線の問題が出てきます。
リーダーの役割が問われたトヨタ
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