権威という言葉の意味と人間の倫理観

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権威という言葉があり、他の者を服従させる威力の事で行政の権威であったり、親の権威という事で使います。また、ある分野において優れた人として信頼がある時にも権威を使います。英語ではAuthorityと訳されています。これに関連した用語で権威主義という言葉があり、権威をふりかざして他に臨み、また権威に対して盲目的に服従する行動様式を指しています。

Authoritarian personality(権威(主義)的性格)とは、硬直化した思考によって権威を無批判に受け入れ、少数派を憎む性格のことを指しています。反ユダヤ主義の原因を研究するため、1930年代に批判的社会学によって導入された社会心理学的概念です。エーリヒ・ゼーリヒマン・フロムは、フランクフルト学派と呼ばれるものを形成して、1930年代にアメリカに逃れ1941年に「自由からの逃走」というファシズムを心理的に分析した書籍を発行しています。彼によれば、人間は、人道主義的な倫理を信奉して生産的に生きることができないとき、権威主義的理想に助けを求めようとするそうです。

例えば、日本企業における職場では、実はほとんど英語を使う機会が無いにも関わらず、何か英語のテストの点数が良い事が採用条件になっていたりします。実際には、業務でほとんど、場合によっては全く使われないにも関わらず。それどころか、過去の英語のテストの点数は、現時点で英語を使える事を本当に証明しているか分からないにも関わらず、それが重視されるのは、権威のパワーと言うべきでしょう。

1999年に国旗・国家を教育現場で掲げる事に対して、徹底するようにといういわゆる「国旗・国家法案」が可決されました。それはでは国旗・国家などはここまで大きな議論にもなっておらず、まして教育現場とはそれほど関係無さそうにも見えるこの法案がこの時期に通された事には、権威主義があると考えられます。バブルの崩壊後に政策が幾度と無く失敗して、権威を失いつつあった与党は、国旗・国家法案などを通す事によって、間接的に自分たちの権威を維持しようと試みた可能性があります。

中国の毛沢東などは、当人の知識は非常に乏しいものであったにも関わらず、政治的な権力を維持しました。結果として中国の社会は大混乱に陥り、日本が大きな経済成長を成し遂げていた時期に、中国は悲惨な事になっていました。毛沢東への絶対的服従と共に知識層への弾圧が平然と行われました。農村重視の姿勢は、何ら知的な教育を受けていなかった当時の中国国内の農民を熱狂させました。

1970年代にベトナム戦争が起こると、その影響でカンボジア国内に内戦が発生します。カンボジアも毛沢東思想の影響などを受けて、資本化、知識人、技術者などは、農村に強制的に移住させられて、農業に従事させられました。1975年に極端な共産主義を掲げるクメール・ルージュの独裁者ポル・ポト政権が成立しました。行われた事と言えば、皆様もご存知なように相当に酷い内容の事が行われました。

戦後の中国は、朝鮮戦争でこそアメリカを始めとする西側と対立してソ連と仲良くしていました。しかし、1960年代に入るとソ連との仲が悪くなっていきます。1961年に起きる中国のインド侵攻においてもインドはベトナムやカンボジアなどを通じても西側諸国と同じ側を支持していました。1972年にはニクソンが北京の毛沢東を訪問、その後の1979年に中国とアメリカとの国交樹立が成立します。

権威主義の正体 PHP新書 330によれば、「教育水準が高いほど、権威主義の傾向が低下する」という趣旨の事が書かれていますが、これは教育水準が上昇する事によって、社会的に起こっている事実というよりは、理想を求めた客観的な物言いを行うと同時に、様々な価値観がある事を知っての柔軟な発想が出来るからだと考えられます。しかし、学歴社会という中で、教育水準というものが権威を持っているとすれば、それを利用して権威を持とうとする動きも生じます。

1971年8月に行われたスタンフォード監獄実験にも見られるように、日本のようなサラリーマン社会では、より会社に従順な「サラリーマンらしいサラリーマン」が加速生産されるものと考えられます。役割を与えられた結果として、個人の性格とは関係なく非個人化するというのです。また、強い権力を与えられた人間は、そうでない人間に次第に圧力をかける事に歯止めが利かなくなるという事も証明されています。

1960年前半に行われたミルグラム実験では、被験者はアルバイトとして募集されており、お金を貰う対価として実験を行う事を要求をされます。被験者は、暴力であったり、武器で脅される事はありませんが、アルバイト対価を貰えないかもしれないという恐怖心が彼らの頭にはあるはずです。また、被験者には、対価を支払う「管理者」が存在しており、実験を継続するように促します。この場合には、被験者の心理は、「管理者が命令しているから自分は悪くない」という形で役割を継続する選択を行っています。対価は生存に必要であり、権威者の命令は自分の生存に必要だと考えている事が分かります。

権威というものは、お金の再配分する権利を得る事によって更に加速します。国家が権威を持つのは、国民のお金を集めてそれを再配分するという機能を持っていると考えられます。権威が社会全体の価値観の共有によって生まれるとしてそれに従う事によって権威の差配分が行われる事になります。その為に権威に従わないものは「反抗的」とみなされて、再配分の枠から外されてしまいます。

日本は島国で江戸時代などは鎖国を行っていた事など、庶民が外国と交流する事が難しく、その為に独自の進化を遂げたものと考えられます。この為に国内で生存していく為には、様々な価値観を受け入れるというよりも、お上が決めた事に従うといったような文化が出来上がっていった可能性があると考えています。

日本で仕事をする場合には、中国と全く同じ仕事を行った場合であっても数倍の収入を得ることが出来ます。例えば、同じマックのバイトであっても、1時間の自給は日本と中国では異なってきます。同じ事をしているのに収入が異なるのは、為替の力でもありますが、それがどのように決定するかと言えば、国の蓄えた財産が大きく影響する事は確かであると考えられます。日本円が安定して高く推移しているいるのは、日本企業と国民が蓄えた財産(技術などを含む)が他国と比較して大きいからに他なりません。


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このページは、中国株ファンが2009年10月14日 10:21に書いたブログ記事です。

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