2008年9月にリーマンブラザーズが破綻する前までは、アメリカの不動産に限らず、世界中の不動産が値上がり傾向にありました。日本の不動産事業も好調であり、様々な不動産ディベロッパーが好調な市況の中で競い合っていました。リート(RIET)と呼ばれる不動産投資信託がもてはやされて、数多くのRIETが2006年から2007年にかけて上場しています。しかし、2006年頃にアメリカの住宅価格が下落に転じて、2007年頃になると、その影響が日本にも及んで来ました。
2008年頃になると、日本における不動産市況は目に見えて悪化するようになり、不動産ディベロッパーの破綻も相次ぐようになります。特に新興の不動産ディベロッパーなどは、好調だった不動産市況の中でめいいっぱいのリスクを取っており、不動産市況の悪化により急速に収益性が悪化、数多くの不動産会社が倒産に追い込まれています。
例えば、2008年3月にエスグラント「民事再生手続開始の申立てに関するお知らせ」を出して破綻しました。このエスグラントは、26歳で名古屋セントレックスに上場した若手経営者である杉本社長が起業した会社でした。業績が非常に好調で上場まで果たしたエスグラントが僅か数年で消え去ったのは非常に興味深い事実です。
【杉本社長の経歴】
1977年06月25日生まれ(昭和52年6月25日)
1997年01月(株)東光マンションセンター入社
2001年12月(株)エスグラントコーポレーション取締役→当時24歳
2002年03月同社 代表取締役社長(現任)
2003年06月(有)SGリライアンス(現(株)S-fit)取締役(現任)
2005年12月28歳6ケ月にて名古屋セントレックスに株式上場
2008年04月不動産不況により、ユニマットグループの傘下に
2008年03月エスグラントコーポレーション民事再生法を申請して破産
上場した場所は、上場の審査基準が甘いとして金融庁から2007年1月25日に業務改善命令が出されています。当時の新興企業向けセントレックス市場の上場基準は、高い成長性が見られるものとされており、かなり甘いものでした。上場の際の主幹事は、クリック365を強みとしているインヴェスト証券(旧KOBE証券)でした。2998年11月に監査法人であったアーク監査法人が辞任、新たに就任した明誠監査法人につていも、2009年2月には辞任が発表されています。この頃には既に倒産は秒読み段階だったと考えられます。
彼の失敗は、リーマンブラザーズなど米国の証券会社の破綻と似ています。自己資本に寄らずに借金などで資金調達を行っており、レバレッジが非常に高くて自己資本比率が低いので、リスクコントロールが上手に出来ていなかった事が直接の破綻原因となっています。リスクコントロールが出来なかったのは、社長である杉本氏の認識、知識不足、経験不足が大きかったように考えられます。リーマンブラザーズのファルド氏に似ています。
体育会系、もしくは元気なノリが大切であり、リーマンブラザーズでは、ダラスの債権部門においては、街頭のキャッチセールスにおいて債権販売を行わないといけないなどの暗黙ルールがあったとも言われています。言い換えれば、金融で頭を使わない馬鹿集団という事になります。学歴が無くても、学力が無くても、面白くて元気があれば大丈夫という次元の話です。
エスグランドの杉本社長は、1977年生まれであり、住宅販売会社を経て2001年12月に株式会社エスグラントコーポレーションを設立することで独立しました。ITバブルが崩壊に向かってから米国を含めて世界的に不動産価格が大きく注目された時期でもあり、不動産活況が後押しになって、業績は大きく拡大していきました。米国住宅バブルに乗って業績を大きく拡大させた新興企業です。
本人は当時のインタビューでこのように答えています。「不動産業界に入ろうと思ったきっかけは、父が不動産会社をバブルの崩壊で倒産させた時に父は、「時期が悪かった。50年に一度か100年に一度来るか分からない相場に俺は出会ってしまった」と口癖のように言っていました。だったら僕らの時代は不動産業界が良くなるのではないかとおぼろげながらの子どもの頃からの思いでした。
彼の父親は、不動産会社を20年前(1989年当時)バブルの崩壊で倒産させており、彼は20年後に同じく不動産バブルの崩壊にて不動産会社を倒産させる事になっています。倒産時に発表された負債総額は、100億円を大きく超えた金額でした。
不動産のマンション分譲業者は、1度に大きな投資を行って、分譲マンションを建設します。しかし、分譲マンションが予定通りに売れなければ、そのマンションから売却益が見込めません。この投資を自己資金で行っていれば問題ないのですが、借り入れ資金に頼っていた場合には、返済が難しくなり、破綻するという構図です。自己資金が無いのに大きな事をしようとする場合に問題が発生します。
また、別のインタビューにてこのように答えています。「社内の反対を押し切った新規事業への進出、横浜マリノスへのスポンサード、総額7000万円を投じたテレビコマーシャル......。しかし、これらの投資はほぼ失敗に終わり、予想を大幅に超える1億5000万円の赤字となりました。これでは上場申請などありえません。これまでの自分の慢心と独裁経営を猛省し、二度と同じ過ちは犯すまいと心に誓ったのです。」と述べています。
しかし、これは彼の過ちなどではなくて、彼の実力であった事は後日の結果が証明しております。
同じインタビューでは、上場に至るまでの経緯も次のように述べています。「2005年元旦、売り上げ目標は150億円、上場に向けて勝負のときが幕開けです。前年に土地を購入し、企画から販売まですべてを手がけた自社開発物件も2月に完成。この恵比寿の第1号物件は即完売となり、エスグラントコーポレーションは総合ディベロッパーとしての道を歩み始めます。社運をかけた新横浜の大型自社開発物件も、期初予測を上回る40億円の売り上げが追加されるような勢いでした。3月の終わり、私たちはついに名古屋証券取引所のセントレックスへ上場申請をします。」
主幹事証券会社とのやり取りについても、次のように述べています。
「 2005年11月16日、ついに上場承認がおりました。が、その翌日、日本中を揺るがした、あの姉歯建築士の構造計算書類偽造問題が勃発します。すぐに主幹事証券から「上場を中止してほしい」という連絡が。(中略)私は、この調査した全26軒の結果報告書を持って主幹事証券会社をアポなしで訪問します。エントランス前から携帯電話で社長(市村氏)に連絡し、説明の機会をつくってほしいと交渉しました。会議室で重箱の隅をつつくようなやり取りが長く続いた後、主幹事証券会社の社長が言いました。「もういいだろう。こいつは絶対に嘘をつくような奴じゃない。仮に問題が起きたとしたら私が全責任を取る」と。主幹事証券会社をあとにした2時間後、私の携帯電話に社長から「上場しよう」という連絡が入ったのです。本当に嬉しかったですね。そして2005年12月20日、まさに幾多の試練を乗り越えて、ディベロッパーとしては最短、最年少での上場が、やっと現実のものとなりました。」
2005年12月20日に上場して得た資金を背景として、大きな不動産投資を行いまくりますが、負債残高も売上高と同程度にまで膨らんでいました。自己資本比率は常に数%であり、財務内容を見た限りでは投資不適格なものでした。不動産事業は、利益を取ろうとすれば、それはリスクを巨大化させていく事につながります。
2008年4月に危機的な状況になってからユニマットグループの傘下になる事が発表されて、2008年5月にはユニマットグループの一員として再スタートしています。杉本社長のブログも、2008年4月ユニマットグループ入りを持って休止されています。それはそうですよね、雇われ社長になってしまえば、自由にブログ書いていたら叱られてしまいますので。しかし、2008年9月のリーマンショックは、この会社に更なるダメージを与え、破綻へと追い込みました。
株主構成は以下のようになっており、ユニマットグループを合わせた総額の保有が40%となっており、杉本社長の持分を軽く超えてしまっています。杉本社長は、ユニマットグループに入って以降は雇われ社長となりました。倒産直前の時価総額は、1億円を割り込んで数千万円まで落ち込んでいました。
杉本宏之(社長) 20,418 20.9%
(株)ユニマット不動産 15,787 16.2%
高橋洋二(ユニマットグループのオーナー) 8,961 9.2%
(株)ユニマットホールディング 6,826 7.0%
(株)ユニマットライフ 6,826 7.0%
あと、藤田さんも1625株(1.6%)を保有しています。
| 連結決算推移 | |
| 決算年月日 | 2006年6月期 |
| (決算発表日) | 2006年8月14日 |
| 決算月数 | 12ヶ月 |
| 売上高 | 18,962百万円 |
| 営業利益 | 1,560百万円 |
| 経常利益 | 1,261百万円 |
| 当期利益 | 730百万円 |
| 1株当り当期利益 | 21,450円 |
| 調整1株当り利益 | 19,895円 |
| 1株当り配当 | 1,000円 |
| 1株当り株主資本 | 77,121円 |
| 発行済み株式総数 | 53,745株 |
| 総資産 | 17,301百万円 |
| 株主資本 | 2,873百万円 |
| 資本金 | 982百万円 |
| 有利子負債 | 13,009百万円 |
| 繰越損益 | --- |
| 株主資本比率 | 14% |
| 含み損益 | --- |
| ROA | 4.69% |
| ROE | 31.3% |
| 総資産経常利益率 | 11.49% |
アーク監査法人
- 1711 省電舎
- 3316 東京日産コンピ
- 5381 日本ミクロコー
- 6150 タケダ機械
- 6274 新川
- 6942 ソフィアHLD
- 7520 エコス
- 7748 ホロン
- 7846 パイロットC
- 8291 東日カーライフ
明誠監査法人
- 2130 メンバーズ
- 2667 イメージ ワン
- 6993 森電機
- 7491 OAシステム
- 7834 マルマン
- 7954 ジャレコHLD
- 8073 MAGねっと
- 8597 SFCG
- 8900 セイクレスト
- 9611 Dワンダランド
彼は、上記のインタビューで次のように述べています。「私はまだ起業して5年目の若造ではありますが、この5年間で本当に多くの経営者が消えていきました。なぜ失敗してしまったのかと考えてみると、その人たちは仕事よりも遊びを優先していたように思うのです。当たり前ですが、今流れている時間は二度と取り返すことができません。今のこの瞬間の1秒は、10年後の100倍、200倍の価値があると考えてみましょう。そうすれば、いつか起業するなら今何をすべきなのか、自ずとわかるはずですから。」
また、ここのインタビューでは、このように答えています。「父親が経営者としてやってきた姿をずっと間近で見てきて、やはり不動産会社というのは、まず永続しなければ意味がないということを実感しました。景気の波にも左右されやすい事業ですので、リスク分散をしていなければならないというのが不動産業、デベロッパー事業だと思っています。絶対に潰れない会社を作ろうというのが創業からの想いでした。」と。
ん~。
読み応えのある記事でした。
なかなか、言うは安し、行うは難し
難平上等さん
長い文章ですが、読んで頂きましてありがとうございました。
潰れた会社を考えるのは面白い事だと思いました。