NATOの拡大を阻止するロシアとグルジア紛争

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グルジアトルコがNATOに加盟しているので、グルジアもNATO加盟を目指して、欧州や米国寄りの姿勢を強めていました。サアカシヴィリ大統領による命令によって、北京オリンピック開催中に

ロシアのプーチン大統領が北京オリンピックに出席、メドヴェージョフ大統領が夏期休暇であったところを狙ってグルジア軍が南オセチアのロシア軍を攻撃したという見方が主流ですが、その本当の所がどうだったのかはわかっていません。

欧州連合とアメリカ合衆国を代表して、フランスのサルコジ大統領が仲介して、グルジア紛争は短期間で休戦に持ち込まれました。本来ならば、NATO加盟国でも無い日本などが仲介に回れたら良かったのでしょうけど、日本の最近の総理大臣や閣僚は大事なところで昼寝するので無理でしょう。

グルジア紛争の様々な資料から見ると、グルジア紛争で民間の家などを破壊したのは、主に南オセアニア義勇軍であるという見解が強いようです。ロシア軍は軍隊の統制が取れたものであり、むやみやたらと破壊活動を行うような命令は出ていないという見方が強いようです。

冷戦などというものが現実的でないのは、ロシアが一番良く分かっているはずです。現在のNATOとロシアが戦争をしたところで、ロシアの国土がリスクにさらされるだけでメリットはゼロです。グルジア紛争直後の8月下旬には、NATOの艦隊であるスペイン、ドイツのフリゲート艦2隻、アメリカは人道支援と称して軍艦3隻を派遣しました。黒海沿岸のNATO加盟国であるルーマニアとブルガリアを加えた5カ国が「1年前に決まっていた軍事演習」を行いました。

グルジア側は、陸軍が多大な損害を受けて再建不能なレベルになっただけではなく、僅かながらに保有していた海軍が壊滅しました。今回の紛争を受けて、グルジアの武器がほとんど無くなってしまったので、グルジア軍がロシア軍に対する攻撃を考える事はほぼ不可能になったと考えるべきです。

グルジアのサアカシヴィリ大統領は、グルジア紛争で軍事力を失ったばかりか、多くの民間人が亡くなった事で作戦は大失敗しています。この紛争の以前は、隣の国にあるロシアとの関係は良好ではなかったにせよ、何とかうまくやっていけそうな雰囲気はありましたが、この紛争の後にはロシアとの関係を取り戻す事すら困難になりました。この際は、南オセチアとアブハジアの独立を承認して、国家としてロシアとの関係を再構築する方が良いのかもしれません。

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このページは、中国株ファンが2009年7月 8日 18:25に書いたブログ記事です。

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