ヨーロッパで1914年に第一次世界大戦が開始されて、1919年にベルサイユ条約が結ばれるまでの数年間もの間、ヨーロッパは主戦場となって滅茶苦茶に破壊された上で多くの人が亡くなりました。第一次世界大戦が終結して1920年代になると、破壊されたヨーロッパが復興するのに合わせて、アメリカから輸出産業が盛んになり、アメリカは株式市場がどんどん上昇する好景気となります。
1920年代に自動車産業や重工業、大規模な農業もアメリカの産業を支えます。アメリカが好景気となったのは良かったのですが、ヨーロッパの復興が進むにつれてアメリカの株式市場は投機バブルの様相を成していきます。靴磨きの少年が株を進めた話など、誰もが株に熱中していくような時代だったようです。1929年10月には、株価が大暴落して世界恐慌が起きます。
アメリカでは、フランクリン・ルーズベルト大統領がニューディール政策をとって、政府が市場に大きく介入して公共事業を行う政策を取りました。大量の失業者が発生した事に対して、自由主義の経済では、失業者の解消に至らないというケインズの考えに基づいた財政政策を行っています。リスクが高い公共事業のような事業は、必要性があったとしても自由主義の経済において投資する人が現れず、その点を政府が担う事によって新たな雇用を生み出そうとしました。
2008年の世界金融危機でも「財政政策」は有効に機能すると勘違いしている人も居るように見受けていますが、そもそもニューディール政策自体が成功した政策であるかどうかすら現在でも論争があります。現在では、自由主義の経済においても市場の発達は十分に政府と同等のリスクを取れる規模までに成長している事と、財政政策が有効に機能するような公共事業がアメリカに見当たらない事などの理由で、私は財政政策は大きな効果を期待出来ないと考えています。当時のアメリカを救ったのは、第二次世界大戦による軍需物資の需要であったという考え方もあります。
1945年に太平洋戦争が終結後には、当時のトルーマン大統領の意識の中でも冷戦の中心はヨーロッパにあるとの認識が強かったようです。しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発した事によりアメリカは日本の地理的な重要性を認識すると共に、日本は朝鮮戦争による特需となって経済が急速な回復を見せました。太平洋戦争でも活躍して日本に駐留していたダグラス・マッカーサー元帥は、日本を有効に利用しながら朝鮮戦争を戦いました。
更に1960年頃から問題が表面化していたベトナムにおいて、1965年頃から1975年頃にかけて、アメリカがベトナムに陸軍を直接送り込んで本格的な戦争状態に突入します。日本は、アメリカの軍隊が多数駐留する中で、ベトナム戦争による軍需物資の需要などが発生して、日本の経済成長を継続させる原動力となったと言えます。日本に置かれたアメリカ軍の基地には、ベトナム戦争の交代人員が中流して、日本はアメリカに対する物資の供給などを行いました。
第二次世界大戦後の日本は、1950年代から1980年代までのおよそ30年間もの間、アメリカよりも安い労働賃金で、アメリカと同様の技術を持つ国として発展してきたと言えます。日本は、朝鮮戦争とベトナム戦争という2つの戦争を利用して、戦後僅か30年余りで先進国と同様の生活水準となり、アメリカをしのぐほどとなります。
日本からアメリカに輸出される工業製品などが多かった事もあって、アメリカは急激な貿易赤字に陥っていました。1985年9月にプラザ合意によって強引かつ急速な円高となって、輸出の急速な減少による円高不況を恐れた日本政府は、急速な金融緩和政策をとる事になります。急速な金融緩和政策によって日本のバブルが発生したとされています。その後にバブル崩壊が起きて、その後現在まで景気は回復を見せていません。
戦争は既にアジアを離れて、1980年代にはイラン・イラク戦争(第一次湾岸戦争)が始まった事によって、主要な戦闘地域が中東に移っています。また、2001年9月11日に発生した同時多発テロに理由をつけて、2003年3月からイラク戦争が行われて、原油価格が大きく上昇するきっかけを作ったともされています。ブレア首相率いるイギリスはこの作戦に追随して、アメリカとの同盟関係をより強固なものにしていきます。フランス・ドイツなどはロシア・中国などと共に反対しており、西洋諸国も一枚岩とならない戦争となっています。
2008年の世界金融危機でも「財政政策」は有効に機能すると勘違いしている人も居るように見受けていますが、そもそもニューディール政策自体が成功した政策であるかどうかすら現在でも論争があります。現在では、自由主義の経済においても市場の発達は十分に政府と同等のリスクを取れる規模までに成長している事と、財政政策が有効に機能するような公共事業がアメリカに見当たらない事などの理由で、私は財政政策は大きな効果を期待出来ないと考えています。当時のアメリカを救ったのは、第二次世界大戦による軍需物資の需要であったという考え方もあります。
1945年に太平洋戦争が終結後には、当時のトルーマン大統領の意識の中でも冷戦の中心はヨーロッパにあるとの認識が強かったようです。しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発した事によりアメリカは日本の地理的な重要性を認識すると共に、日本は朝鮮戦争による特需となって経済が急速な回復を見せました。太平洋戦争でも活躍して日本に駐留していたダグラス・マッカーサー元帥は、日本を有効に利用しながら朝鮮戦争を戦いました。
更に1960年頃から問題が表面化していたベトナムにおいて、1965年頃から1975年頃にかけて、アメリカがベトナムに陸軍を直接送り込んで本格的な戦争状態に突入します。日本は、アメリカの軍隊が多数駐留する中で、ベトナム戦争による軍需物資の需要などが発生して、日本の経済成長を継続させる原動力となったと言えます。日本に置かれたアメリカ軍の基地には、ベトナム戦争の交代人員が中流して、日本はアメリカに対する物資の供給などを行いました。
第二次世界大戦後の日本は、1950年代から1980年代までのおよそ30年間もの間、アメリカよりも安い労働賃金で、アメリカと同様の技術を持つ国として発展してきたと言えます。日本は、朝鮮戦争とベトナム戦争という2つの戦争を利用して、戦後僅か30年余りで先進国と同様の生活水準となり、アメリカをしのぐほどとなります。
日本からアメリカに輸出される工業製品などが多かった事もあって、アメリカは急激な貿易赤字に陥っていました。1985年9月にプラザ合意によって強引かつ急速な円高となって、輸出の急速な減少による円高不況を恐れた日本政府は、急速な金融緩和政策をとる事になります。急速な金融緩和政策によって日本のバブルが発生したとされています。その後にバブル崩壊が起きて、その後現在まで景気は回復を見せていません。
戦争は既にアジアを離れて、1980年代にはイラン・イラク戦争(第一次湾岸戦争)が始まった事によって、主要な戦闘地域が中東に移っています。また、2001年9月11日に発生した同時多発テロに理由をつけて、2003年3月からイラク戦争が行われて、原油価格が大きく上昇するきっかけを作ったともされています。ブレア首相率いるイギリスはこの作戦に追随して、アメリカとの同盟関係をより強固なものにしていきます。フランス・ドイツなどはロシア・中国などと共に反対しており、西洋諸国も一枚岩とならない戦争となっています。
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